「うーん、これは、舌痛症ではなさそうですね」
舌痛症外来の診察で、患者さんにそう伝えることがしばしばあります。
多くの方が、「舌がヒリヒリする」「食事のときにしみる」「常にピリピリとした違和感がある」といった、日常生活に支障をきたすような痛みを訴えて来院されます。
ただ、その痛みの原因が「舌痛症」であるかどうかは、すぐには判断できません。
多くの場合でまず確認しなければならないのは、舌に「見える異常」があるかどうか、という一点です。
舌痛症診療の最初の一歩
「舌痛症」という病気の診断には、大前提があります。
それは、「見た目に異常がないにも関わらず、舌に痛みがある」ということです。
一方、舌に赤み、白い苔のようなもの、小さな潰瘍、表面のひび割れ、腫れなど、「視覚的な変化」がある場合は、舌痛症ではなく、別の病気が隠れている可能性が高いのです。
そのため、舌痛症の診察ではまず、舌をじっくりと観察することから始まります。
加えて、口腔内全体の状態や、歯・義歯との接触、唾液の分泌状態などもチェックします。
この最初の診察が、舌痛症かどうかを見極めるうえで非常に重要なポイントになります。
所見がある場合に考えるべきこと
上でお話しした通り、「舌に何か異常が見えた」場合、私たちは舌痛症以外の病気を考える必要があります。
例えば、以下のような病気である可能性があります。
【1】口内炎
ストレスや物理的な刺激によって起こる、よく知られた病気です。
小さな潰瘍ができ、周囲が赤くただれ、強い痛みを伴うことがあります。
通常は数日〜1週間程度で改善します。
【2】カンジダ性口内炎
カビの一種であるカンジダ菌が増殖して起こる炎症で、舌に白い苔のようなものが付着します。
免疫力の低下や義歯の使用、抗菌薬の長期服用などが要因です。
【3】扁平苔癬(へんぺいたいせん)
慢性的な炎症性疾患の一つで、舌や頬の粘膜にレース状や網目状の白い線状模様が現れます。
ヒリヒリした痛みやしみるような違和感を伴うことがあり、症状が強い場合は赤みやびらん(ただれ)を伴うこともあります。
原因ははっきりしないものの、自己免疫反応やストレスが関与するとされ、長期間持続することがあります。
まれにがん化するケースもあるため、定期的な経過観察が大切です。
【4】地図状舌(ちずじょうぜつ)
地図のようにまだら模様が現れ、日によって形が変わるのが特徴です。
痛みを感じる人もいれば、まったく無症状の人もいます。
見た目は扁平苔癬と似ていますが、地図状舌はがん化は基本的にはせず、治療不要な場合も多い疾病です。
【5】萎縮性舌炎(貧血・ビタミン欠乏)
鉄やビタミンB12が不足すると、舌の表面がツルツルになり、ヒリヒリとした痛みが出ることがあります。
貧血の既往がある方や偏食傾向のある方は、特に注意が必要です。
【6】舌がん・前がん病変
これまで紹介してきた疾病に比べて、見られる頻度は高くありませんが、絶対に放置できない重要な病気です。
治りにくい潰瘍やしこり、出血などを伴う場合は、速やかな専門機関での精密検査が必要です。
どうやって診断するの?
さて、舌の見た目に異常があれば、舌痛症ではなく別の病気の可能性があるとして、考えられる疾病について紹介してまいりました。
では、患者さんがどの疾病にあたるのかの診断は、診察したその日に出るのでしょうか?
結論から言うと、即日に答えが出ない場合も往々にしてあります。
私たちは、舌の見た目に異常が見られた場合、どの疾病かを判断するために、様々な検査を行います。
例えば、カンジダ性口内炎は、ガーゼや綿棒でこすると白い苔のようなものを取ることができるという特徴があり、これを判別材料にすることができます。
対して、扁平苔癬や舌がんは、この疾病だと確定するには舌の組織を一部切り取って、病理診断というものに掛けなければなりません。
病理診断には2日から数週間掛かる場合もあり、どうしても日数がかかります。
また、一度に様々な検査をすると患者さんの疲労に繋がったりもするため、患者さんの負担が少ない方法や、可能性の高い疾病かどうか探る方法など、患者さんと話し合いながら、私たちは診断を進めています。
このような診断を通し、舌痛症ではなく別の疾病だと診断された場合は、口腔外科や別の適切な診療科を進め、適切な治療を患者さんが受けられるようにサポートを行います。
所見がなければ…
では、逆に、舌の見た目に明らかな異常が見られず、それでも患者さんが痛みや違和感を訴えている場合は、ここでようやく「舌痛症」の診断を検討する段階に入ります。
舌痛症は、他のあらゆる器質的疾患(見える異常のある病気)を除外したうえで診断される病気です。
つまり、これは「診断除外」のアプローチ。
「〇〇の症状ではない」という消去法を積み重ねて、最終的に「舌痛症である可能性が高い」と判断するのです。
舌痛症の正体
舌痛症の原因は、いまだ明確には解明されていません。
しかし、次のような要因が複雑に関係していると考えられています。
・ストレス、不安、うつ症状といった心理的要因
・更年期に見られるホルモンバランスの変化
・自律神経の乱れ
・味覚や痛覚の神経の過敏化
・ドライマウスによる口腔内環境の悪化
そのため、舌痛症の治療には一方向の対処ではなく、心と身体の両方にアプローチする「多面的な治療」が必要になります。
治療のゴールは、「痛みとの上手な付き合い方」
舌痛症の治療は、残念ながら「魔法のように一発で治る薬」があるわけではありません。
ある日いきなり症状が軽くなって治ったり、逆に長く付き合っていかなければならなかったりします。
しかし、患者さんごとに合わせた治療を進めていくことで、症状が軽くなったり、日常生活が楽になったりすることは十分に可能です。
治療の例として、以下のようなものがあります。
・心療内科・精神科との連携による抗うつ薬や抗不安薬の処方
・ストレス軽減のためのカウンセリング
・唾液分泌を促す漢方薬や保湿ジェルの使用
・歯ぎしりや食いしばりへの対応(マウスピースの使用)
症状や生活背景に応じて、より適切な方法を探り、治療を行っています。
「痛みを感じるのはあなたのせいではない」と知ること
そして、何より大切なのは、「今感じているこの痛みと、どう折り合いをつけていけるか」を一緒に考えていくことです。
「舌が痛いのに、何も異常がないと言われた」
「気にしすぎと言われて、余計につらくなった」
そんな声を、私たちは何度も聞いてきました。
ですが、舌痛症というのは、確かに存在する「病気」です。
そして、舌痛症かどうかを見極めるためには、まず丁寧な診察で、他の可能性を除外することがとても大切です。
もし今、痛みに悩んでいて「誰にもわかってもらえない」と感じているなら、それは決して、あなた独りの問題ではありません。
どうか、声を上げてください。
その痛みの理由を、私たちと一緒に見つけましょう。