「舌がヒリヒリする」「焼けるように痛む」「ずっと何かが当たっているような違和感がある」。
そんな症状に悩まされ、歯科や口腔外科を訪れる方は少なくありません。
ところが、診察や検査を受けた結果、「異常は見当たりません」と言われてしまう。
患者さんはそんな時、「じゃあこの痛みは何なんだ」と途方に暮れてしまうのです。
「舌痛症」とはどんな病気?
舌痛症は、口の中に明らかな炎症や外傷がないにもかかわらず、舌や口腔内に持続的な痛みや灼熱感を感じる症状です。
痛みの種類は人によって異なり、次のような訴えがよくあります。
・舌の先や縁がヒリヒリする
・焼けるように熱い感じがする
・金属を舐めているような不快な感覚がある
・食事中や会話中は気にならないが、ふとした時に強く感じる
しかし、どんなに詳細に舌を観察しても、粘膜は正常。炎症も潰瘍もなく、虫歯や歯周病も見当たらない——
つまり、「客観的な異常所見がない」と判断されてしまうことがあります。
なぜ「異常なし」と言われてしまうのか?
舌痛症の最大の難しさは、「痛みの原因が見た目に現れないこと」です。
レントゲンを撮っても、MRIを撮っても、異常は映らない。
口の中を隅々までチェックしても、「見た目は健康」だと判断されてしまう。
これは、舌痛症が「神経系の痛み」であるためです。
舌や口腔内の知覚を司る神経の働きに何らかの異常が生じると、実際には傷がないのに「痛い」「熱い」と感じてしまうのです。
さらに、舌痛症はストレスや不安、抑うつ傾向、自律神経の乱れなど、心理的・精神的要因とも深く関係していることが分かっています。
身体と心のバランスが崩れたとき、脳が痛みを誤って感じ取ってしまう状態になるのです。
「気のせい」ではないのに「目に見えない」
このような特性から、舌痛症はしばしば誤解されます。
「どこも悪くないのに痛いのは気のせいでは?」「ストレスのせいでしょ?」「甘えているだけでは?」という心ない言葉を投げかけられることもあります。
しかし、患者さん本人が感じている痛みは現実です。
実際に神経が過敏になっていたり、痛みを処理する脳のシステムに変化が起きていたりするため、ただの「思い込み」や「我慢不足」ではありません。
これは、腰痛や頭痛などの慢性疼痛とも共通する特徴です。
「原因が見えにくい痛み」は、他者からの理解が得られにくく、実際の痛みと無理解という二重の苦しみを抱えやすい疾病です。
治療の第一歩は「理解」と「安心」
舌痛症の治療は、まず本人が病気の正体を知ること、そして医師と信頼関係を築くことから始まります。
痛みを抑えるためには、抗うつ薬や抗不安薬などが処方されることがあります。
これは「精神的な問題があるから」ではなく、神経の痛みを和らげる作用があるためです。
また、舌を無意識にいじってしまう癖や、口の中への注意過剰が原因で痛みが悪化する場合もあり、そうした癖への対処や心理的サポートも大切です。
さらに、リラックスする時間を持つ、睡眠を整える、姿勢や噛み合わせを見直すなど、日常生活の中でできることもたくさんあります。
見えない痛みに寄り添うために
「どこにも異常は見つかりません」と言われたときの不安。
「この痛みは、もしかして自分が作り出しているのでは…」という自己否定。
——舌痛症の患者さんが感じる葛藤は深く、孤独です。
しかし、舌痛症は確かに存在する「疾病」です。
痛みには必ず意味があり、身体と心のつながりを見直すチャンスにもなり得ます。
歯科医院や口腔外科ができるのは、目に見えない痛みに「気づき」、耳を傾け、寄り添うこと。
患者さんにとっては、それが何よりの「治療」の始まりとなります。
少しずつ、一人ずつ、患者さんに寄り添う人が増えるよう、私たちはこれからも精一杯努めてまいります。